AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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ただ今「The Mission強化週間」中

またも札幌出張しておってネットにアクセスできない日々が続き、更新どころネット巡回もままならない状況であった。いやあ、それにしても東京都内在住者にいきなりの氷点下はキツイっす。おまけに帰りに札幌駅まで歩く道々、雪まで降ってきた日には途中で挫折するかと思ったぞい。

さて、先日初めて知ったのだが、あのThe Missionが解散するそうである。
っつーことで出張中、「Curved in Sand」をずっと聴いておった訳だ。この同時代性の希薄さもどうかとは思うが、とりあえず今週はThe Mission強化週間である。

The Missionといえば元The Sisters of Mercyのウェイン・ハッセイの立ち上げたゴシックを代表するバンドの一つである。The Sisters of Mercyがドラム・マシンをメンバーにしており内に篭もった印象があるのに対し、The Missionはクラシカルで浪漫主義的なメロディが強みである。所謂ゴシックバンド特有の仄暗い印象であるにも関わらず、音楽的にはアコースティックかつハードロック的な整合感すらあるのだ。また、ウェイン・ハッセイ人脈はジュリアン・リーガン(*1)率いるAll About EveやRosetta Stoneなんかに連なっており、浪漫主義ゴスの系譜だと言っていいんじゃないかい。

正直言うと昔はあんまりThe Missionは好きじゃなかった。というのも、あまりに構築的なサウンドがノイズインダストリアル方向に突っ走っていた当時の自分にあまりに「普通じゃん!」と感じられたからだ。今では好きなバンドの一つである。

(*1)ジュリアン・リーガンと言えば1stアルバム以前のGeneLovesGezebel「Shave my neck」にも参加しておった。
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M・ベジャール、80歳で死去

フランス人振付師M・ベジャール、80歳で死去
2007年 11月 23日 16:48 JST

[ジュネーブ 22日 ロイター] 現代舞踊界の重鎮の1人、フランス人振付師のモーリス・ベジャール氏が22日、スイスの病院で亡くなった。80歳だった。同氏が創設した「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」のスポークスマンが明かした。

 ベジャール氏は、腎臓と心臓の疾患のため、最近数カ月間入退院を繰り返していた。

 ベジャール氏はフランス南部のマルセイユで誕生。1959年の「春の祭典」で人気を得た。代表作に「ボレロ」や「さすらう若者の歌」、「火の鳥」、「レニングラードの想い出」などがある。


・・・自分の中でなんて言ったらいいのか、まだよくわからん。ただ昨年の東京バレエ団「ベジャールーディアギレフプロ」を観に行った時、ディアギレフプロしか観なかったことが今さらながら悔やまれる。
白ばらは死なず

といっても映画の話ではない。もちろん反ナチの白ばら運動のことでもない。

2年ほど前からチェックしているバンドWhiteRoseMovementのことである。本来ブログを立ち上げた時点で触れておくべきであったがなぜか遅くなってしまった。ロッキングオン誌で「ベラルゴシは死なず」(*1)なんて見出しで「純粋培養された欧州暗黒系バンド」と紹介された日にはゴスを標榜する者としては捨てておく訳にはいくまい。

という訳でWRMのアルバム”Kick”である。

実際には人力のようだが打ち込みっぽいリズム体。80年代ノリのキーボードをフィーチャーしたインストウルメンタルにロバート・スミスを思わせるひっくり返ったヴォーカルが乗っかるという、なんつーか80年代ゴスを通過してきた者には既視感ありまくりのサウンドでそのダンサブルな感覚と相俟って無茶苦茶うれしいぞ。しかも、そんなに暗黒暗黒してなくて適度な軽さがいい方向に作用していると思う。いい意味でキュアーのポップ路線の系譜じゃないかとも感じる。

シングルカットされた"Alsatian"のプロモを見る限り、あんまりゴスっつーかポジパンぽくなくて、どちらかとゆーと「NWリバイバルかい?」と思わせるようなスキだらけのルックス。現時点ではイチオシとまでは言えないが、ルックスも含め今後どう展開するかちょっと楽しみなバンドである。

(*1)当然、bauhausの名シングル”BelaLugosi'sDead”である。

<黒猫肉球紋採取> 拒否者には強制力行使も・・・呆無省(追記あり)
黒猫は縁起が悪く「黒猫が目の前を横切ると通り過ぎると悪いことが起こる」等、国内での安全対策を理由に、さる10/20より在日黒猫の肉球紋提供を義務づける「黒猫審査制度」が施行されることになった。

呆無省猫管理局が、肉球紋提供と退去を拒否する黒猫は収容し強制的に採取するよう地方の猫管理局に通知していたことが分かった。同制度について、呆無省は強制的に肉球紋採取はしないとして「提供」と説明してきたが、拒否者に対して強制力で臨む措置を指示した形だ。「黒猫を犯罪者扱いする運用」との批判が強まりそうだ。

「このままでは誤った迷信により黒猫への差別意識を助長しかねない。2002年にいったん入国管理法も改正されたのに、なぜ今さら・・・」と黒猫活動家のジジさんも当惑の色を隠せない。

本制度の実効性についても疑問視する声は大きい。「国内での災害発生率は黒猫の住む地区との相関関係は未だ示されておらず、また犯罪率についても他の三毛猫や雉猫との有意の差は見られない」と猫犯罪学の権威、岡ごえもんさんは指摘する。
「実際の危険性は他の猫と同じ。今回の制度の対象にはならない黒豹の方が性犯罪に手を染めるケースは多く、はるかに危険である。また、安全対策を理由にするのなら猫管理局の管理下で日本に居住する猫ではなく、船舶などにより不法に入国する猫の対策をすべきではないか。」と続ける。

 猫管法に詳しい関係者によると、不法残留容疑などで黒猫の違反調査を行い、肉球紋を採るのは任意が原則で、強制採取はほとんどないという。関係者は「拒否者は入国できない以上、危険が国内に持ち込まれることはない。さらに肉球紋を強制的に採取しブラックリストに保存する正当性はあるのか」と批判する。

また、黒猫の殺害が横行するイタリアに対し国際的な非難も高まりつつある今日、その猫権擁護の流れに逆行するかのような呆無省の強圧的な態度には国際的な批判の高まり、他国からの制裁措置もあるのではないかと懸念される。

(追記)
村野瀬様のところで「日本に入国する外国人の指紋採取、顔写真撮影義務付けに反対します(インターネット署名のお願い)」をやっております。要チェックっす!

天才数学者たちが挑んだ最大の難問
フェルマーの定理を知っておられるだろうか?

3 以上の自然数 n について、x~n + y~n = ~n となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない、というアレである。
フェルマーが残して以来、360年あまりの間、一般的な証明を求めて無数の数学者が挑戦を続けた定理である。堀晃の短編ハードSFでも異星知性とのファーストコンタクト・ネタに使われたアレである。

先日、ふとフェルマーの最終定理の証明方法ってどんなものだったのだろうと思い、アミール・D・アクゼルの「天才数学者たちが挑んだ最大の難問―フェルマーの最終定理が解けるまで」吉永良正訳(早川書房)を手にしたのだった。

いや~、実にこれが面白い。本書は証明方法の詳細にはほとんど立ち入らない。しかし、フェルマーの問題の起源であるピタゴラスのあたりからオイラー、ガウス、ガロア、クンマーの理想数を経て近代的アプローチとしての楕円関数の導入、谷山・志村予想、フライ・セール予想へと発展し、最終的にアンドリュー・ワイルズによる最終的な証明へと数学史を俯瞰する形で語られており、どのようなプロセスを経て最終的な証明に至ったのかがわかるのだ。

正直言って近代的アプローチの楕円関数のモジュラー形式やらフライ曲線と言われても漠としたイメージしかわかない。しかし、クライマックスに向けて論理的な証明手段とアプローチ、予想が次々整備されていく様は当事者でないにも関わらずワクワクしてしまうのだ。
(ちょっと悪役なヴェイユくんとセールくんなんてキャラクターも出てくるけれど・・・)

どのようにしてフェルマーの最終的証明に至ったのかを見てみると、確かにワイルズの天才も必要だったのかもしれない。しかし、その影で無数の才能ある数学者が残した業績なくしては、その栄光を得ることは不可能であったことは容易にうかがえる。このことは、あらゆる分野で言えることなのだと思う。新理論やら未知の領域で偉大な功績を残すということは単に思いつきでできるということではない。過去の他人の業績に敬意の念を払い、他人の意見に耳を傾け、本当にくだらね~と思えることを積み重ね、そして第三者の検証をもって初めて成立するものなのだ。

そういった意味で一つの偉大な業績がいかなるプロセスで得られたのかを知るいいテキストだと思う。


オラウータンのクークーくんのお話だよ
ハーイ!

昨日のペットの話が遅くなった・・・って書いたのはね、実はジョージくんのところにヤスくん、サメノーくんがプレゼントしてくれる3代目のペットが届いたお話があるからなのさ。

送還されるクークー

今度のペットはオラウータンの一種でクークーくんって言うんだ。間抜けっぽい名前なのが先代、先々代からの伝統なんだね。
1代目のポチと違って、ちょっとはにかみ屋さんなんだ。すぐに「フフ・・・」なんて笑うのがクセなんだ。でもね、ちょっと中途半端なんだ、コイツって。

だって、ポチって「米国債」って書いた紙切れを投げたらJPってラベルのついたン兆円入った現金袋を持ってくるナイスなペットだったんだぜ。引き換え、クークーは何を言ってもやる気があるんだかないんだか生返事ばかりで、役にも立たないねじれた知恵の輪をいつまでもやってるグズなんだ。ヤスくん、サメノーくんからはじめてのお使いを仰せつかって来たみたいでジョージくんにゴマする素振りはあるけど、てんで役立たずなのさ。

でもね、ジョージくんの話だと「能ある鷹は爪を隠す」らしいんだ。最近ヤスくんのとこでは光学迷彩どころじゃない認知心理学迷彩なんて技術も開発してるんだって。頭の悪い君たちにもわかりやすく話すとね、存在感を極限までなくすと目には見えていても誰にも気づかれないってことさ。実は無能で何もできないクークーくんが自然界で生き延びることができたのは本能的に、この認知心理学迷彩を駆使していたってことが大日本毒電波研究所でわかったのさ。なんか、ステルスガンダムを作るのにこの技術を使うんだってヤスくんがはりきっていたよ。道理でいるのかいないのかわかんないペットだよね、クークーは。

まあ、届いた1時間後にワシントン条約に違反している保護指定動物だということがわかって、ジョージくんはとっととヤスくん、サメノーくんの許に送り返したんだ。なんか、寿命も短いみたいで「あと3ヶ月も持たないんじゃないかな」なんてジョージくんに家庭教師のチェイニーさんが耳打ちしてたの聞いちゃったよ。クークーって間抜けで無能でいいとこなしだけど、ちょっと可愛そうな話だね。

そういえば「アメリカのシラミ」が親しげにしていた回転寿司もすぐに看板降ろしちゃったみたいだけどヤスくん、サメノーくんたちも大丈夫かなあ?ジョージくんはこの間の10月1日にポチがJPラベルの現金袋を持って来たから、あんまり気にしてないみたいだけどね、HAHAHA!

じゃ、またね。

鳥獣戯画がやってきた!
先日、六本木ミッドタウンのサントリー美術館で開催されている「鳥獣戯画がやってきた!」を観て来た。

京都の高山寺に所蔵される「鳥獣戯画」4巻を中心に断簡、模本類も含めて展示される内容で、普段から馴染みのある図版を含む全体像が紹介されているということで、結構楽しみだったのだ・・・が。

「鳥獣戯画」四巻については、今までよく知らなかったのだが最初の二巻(甲巻、乙巻)が動物を擬人化して表現している、所謂「鳥獣戯画」と言ってすぐに想起される作品である。これに対して丙巻、丁巻は人物戯画といった感の強い作品。作者も異なるらしく画風もかなり異なる。やはりタッチの精緻さや品がよく動きのある画風の甲巻、乙巻が素晴らしい。これが平安時代に描かれていたという事実にちょっと吃驚。丙巻、丁巻は残念ながら作者の力量の差を感じてしまうというのが正直な感想だったりする。

中にはユーモアと諧謔というには、どちらかというとお下劣な「勝絵絵巻」「放屁合戦絵巻」。前者はペ○ス比べ、後者は文字通りの内容と、所謂「日本の古美術がどうこう・・・」なんてしかめっ面しい顔して観に行くと頭抱えてしまう代物もあって、ちと愉快痛快かもしれん。

断簡、模本を同時展示することで現存する作品と初期の作品状態の相違点が指摘されるなど、美術史的な観点もわかり易い面白い展示だったんじゃないかと思う。
残念なのは展示内容が前期(11/3~11/26)と後期(11/28~12/16)で異なっており、一番観たかった甲巻の場面が前期展示の中にはなかったことである。展示スペースの関係とか大人の事情もあるのかもしれんが、もちっと配慮してくれてもいいと思うのだ。そんなに足繁く通える人間ばかりじゃないのだから・・・。

子供向けに無料で配っていたパンフレット「おもしろびじゅつ帖ー鳥獣戯画の巻ー」は、巻物というスタイルも楽しいし子供が素直に親しめるといった点でかなりいいグッズです。


遅くなったけど可愛いペットの紹介だよ!
ハーイ。

今日は僕のメル友、アメリカ帝国の白いおうちに住んでいるジョージくんが送ってきてくれた可愛いペットの紹介だよ。
ペットの名前はポチっていうんだ。日本語で「純ちゃん」って意味なんだって。面白い名前だよね、ポチだってさ!

可愛いペット(全身)


ジョージくんが機嫌の悪いときには「年次改革要望書」って書いた根性棒(毛筆で書いたこの字がまた達筆なんだ(訳注1))でポチをしつけるのさ。といってもポチはジョージくんが大好き。だから、そんなことしなくても、ジョージくんの言うことを丸呑みしちゃうんだけどね。

可愛いペット(ヘソ天)


ポチはヘソ天が大得意。ジョージくんにモフモフしてもらうのが大好きなんだ。なんか「これは40年ものの米国債だよ~ん」なんて言って紙切れを目の前にチラつかせるだけで犬なのに、すぐにゴロニャンしちゃうみたいなんだ。楽しいよね。
それから、ポチって犬のクセにプレスリーの物真似が大好きなんだって。サングラスかけていきなりプレスリーの歌を真似するんだ。生意気だね。今度、犬の鳴き声のプレスリー・トリビュートアルバムが企画されるようだったら、メインにポチを使わせるってジョージくんははりきっているんだ。実現するといいね。

そういえば、どこかでポチはジョージくんの前で土下座するのが得意だなんて言ってる人がいたけれど、あれってきっと「(my)dog eat that(shit)!」ってジョージくんが言ったのを聞き間違えたんじゃないかな?
だって「私は日本のシラミです」なんて言う語学力のない人がいるくらいだもん。エンペラーズイングリッシュ聞き取るのってきっと難しいんだよ、hahaha!(訳注2)

じゃ、またね!

(訳注1) 残念ながら画像がなかった。。
(訳注2) 多分、アメリカンイングリッシュの勘違いだと思う・・・。

これって「フツ~の国会」の姿っすよね
村野瀬様のエントリーで「「ねじれ国会」よりも「全政党参加国会」って呼んだらどう?」っつーちょっと面白い提案が出ておった。
「全政党参加国会」・・・すごく響きもいいし、好きなネーミングっす。

でも、これって本来あるべき「フツ~の国会」の姿っすよね。

今まで「参議院不要論」まで飛び出してくるくらい参議院って機能していなかったのだ。ところが7月の選挙の結果、初めて普通の民主国家の院として機能する可能性が与えられた訳なのだ。ほんとはこんなのネーミングするまでもない当たり前の状況なのに、これにネガティブなレッテル貼りしようとするマスコミって「何?」ってつい思っちまうぞ。

この論法でいけば3権分立は「3権のねじれ状態」だとか違憲審査は「国政への司法の介入」とまで言いかねないっす
今の状況よりも過去の「自公強権独裁国会」という異常事態をきちんと総括することのできないマスコミは本当に駄目駄目。民主国家として異常な事態を常態のように吹き込もうとしているだけに始末に終えないぞい。



昨日「DIXIE LAND JAZZ -this was the jazz age-」というディキシーランドジャズばっかり集めた10枚組BOXを購入。てれてれ聴いておる。

BOXといっても版権の切れた正規音源ばかり集めたヤツなので、200曲収録されてお値段は1680円。一曲あたり約10円!
ディキシーランドジャズの有名どころばかり集めているようだが、こっち方面は疎いので、ぱっとわかるのはルイ・アームストロングくらいである。だが、なんつーかディズニーリゾートなアメリカンでカントリーでウェスタンな気分。ウキウキワクワクで好きっす。

聴き直していたBig Sandy and his fly-rite boys「Feelin' kinda Lucky」とセットで最近のアッパーサイドである。

日本が他国に侵攻する日
ふと思ったのだが、日本が侵略される可能性と日本が侵略する可能性ってどっちが高いのだろう?
以前自分のエントリーでも書いたのだが、他国が日本を侵略するメリットってほとんどない。もし、侵略するとしたら軍事侵攻ではなく経済搾取の形をとることになるだろう。

では逆に日本が他国を侵略するメリットってあるのだろうか?

実はある。それも候補は身近なある国だ。

ぶっちゃけ、北朝鮮のことだ。最近の報道を見ていて改めて思ったのだが、レアメタル資源の産出地としてかなり有望な領土なのだ。北朝鮮の電力事情ではレアメタルの十分な精錬はできていないときている。っつーことは侵略しちまえば、日本の経済界にとってみたら喉から手が出るほどおいしい話に違いない。おまけに今ならテロ支援国家扱いだから攻撃する口実をつけるにはうってつけだ。しかも中国ほど国土も広くないし、勝手知ったる隣の領土。国内外で将軍様の危険を吹聴してまわれば人民解放のためのテロとの戦いと強弁することもできるかもしれない。

ず~っと、不思議に思っていたのだが、なんで北朝鮮に対して圧力ばかりかけるのだろう。なんで北朝鮮の脅威論ばかりメディアは報じるのだろう。なんで協調路線で歩み寄りがないのだろう。・・・と。
なんかこーやって北朝鮮は攻撃されても仕方がない国だみたいな世論を作っておいて、911みたいな自作自演テロを起こして北朝鮮侵攻をたくらんでいるんじゃないかとつい妄想してしまうのだ。少なくとも専守防衛と称して先制攻撃をしかけるだけのメリットは十分にあるのだから。

正直なとこ、今の日本。きちんとした外交で北朝鮮の資源を輸入する手段を確立する努力をしているように全く見えん。韓国やら他の国が外交のチャンネルを維持している一方、展望のない振る舞いばかりを続ける日本って、傍からみたら何を考えているのかわからんカルト国家にしか見えないような気がするのだ。しかも歴史修正主義が権力の中枢に跳梁しているようではなおさらである。

なので、平和国家としての体裁を維持する上でも自公連立政権にまるっきり信用がおけない今日このごろである。

不思議の国の不思議な光景
夢を見ていたのかもしれない。

今、世界はテロの危機に直面しているのだそうだ。
だからテロとの戦いに協力するのが国際貢献なのだという。

安全保障に関わる世界情勢が逼迫しているのだそうだ。
だから集団的自衛権の行使もやむを得ないのだという。

国連決議にこだわるのはおかしいのだそうだ。
だからアメリカとの関係を重視するのが安全保障上当然のことなのだという。

日本の給油が何に使われたかはどうでもいいことなのだそうだ。
だからそんなことを追求していつまでも給油新法が成立できないのは国際社会において責任ある態度ではないのだという。

ねじれ国会だから年金問題も何もかも審議ができないのだそうだ。
だから野党は参議院で与党の提出した法案に賛成するのが大人の対応なのだという。

ねじれ国会というのはあってはならない事態なのだそうだ。
だからおとなしく連立するべきなのだという。

不要な法案の審議にも対案を出さなければいけないそうだ。
だから、対案も出さずに廃案を要求するのは野党には政権担当能力がない証拠だという。

野党の内紛があったから国会が4日間空転したのだそうだ。
だから野党の無能のために会期が延長されるのだという。

出張中、ネットにアクセスできなかったので、ホテルでTVのニュースだけ見てたらこんな光景が拡がっていた。

防衛省が開発していたのはガンダムではなく多脚砲台だった!(補足あり)
防衛省によるガンダム開発が話題になっているが、既にあちらこちらで指摘されているように期待はずれの歩兵の兵装に毛の生えたモノであるらしい。しかし、旧日本軍の血を色濃く残した防衛省がそんなものでお茶を濁す筈がない。

そこで独自のルートで入手した情報を公開する。
本土血戦兵器・零七式多脚砲台、開発コード「黒豹」である。既に実物大モックアップも作成されており、1/8スケール模型により制御動作の検証実験に入っているようである。

本土血戦兵器・零七式多脚砲台、開発コード「黒豹」

本土血戦兵器・零七式多脚砲台、開発コード「黒豹」


(補足)
 勢いだけで作っちまったので、おまけ↓
20071111022842.jpg

  う~ん、我ながら気持ち悪いものつくっちまった・・・。
不謹慎だとは思うが・・・
11/7の報道ステーションを見ていて、小沢氏の一件をあたかも民主党の失点として誘導しようとするニュアンスを感じた。しかし、実際に報道される民主党側と自民党側の雰囲気を見てると逆に手詰まり感のあるのは自民党側なんじゃないかという印象を受けて仕方ない。今回の一件で世論的にも「連立拒否」という方向になりそうだし、本気で自民党が連立を狙ってたのだとしたら完膚なきまでにその可能性は潰えたのだから。

連立できないことで国会運営は困難になるかもしれない。しかし、そういった問題に対処できない限り未来永劫「二大政党」なんて構図はありえない。現実主義的な戦略としての連立も単に自公政権の延命を手助けするだけで意味はない。もはや、政権交代を目指す以外ないんじゃないかと考える。

なお、小沢氏は慰留しようとしまいと、民主党が連立拒否した時点で大勢には影響なかったんじゃないだろうか。もちろん、求心力を欠いた民主党に政権担当能力があるのかという不安もあるかもしれない。しかし、そもそも対する自民党に政権担当能力がないことはこれまでの実績で明らかだ。大体8~9月の国政を思い出して見ればわかることだ。野党に政権を担当させて何か大きな問題でも発生するのだろうか?

とりあえず今回の一件について思うところはこんなところである。

ちなみに小沢氏辞意騒動は各ブロガーのスタンスを見るいいリトマス試験紙になったと思っている。もちろん、どの意見が正しいとか間違っているというのではない。皆がどう捉えて、どんなことを考えて、どう判断したのかがリアルタイムで見えて思わずワクワクしてしまったのだ。不謹慎だとは思うが・・・。




どーでもいいことに振り回されただけなんじゃない
日曜日から火曜日にかけて北海道に出張していたため、ホテルのTVで小沢氏の辞意騒動を知ったのだ。ホテルでパソコン借りてあちらこちらを見ていたのだが、言われるほど自分にはあんまりインパクトなかったし「よくわからん」。ということで現実逃避でYouTubeサーフィンしてしまったのだ。

でもって、今日辞意撤回したそうなのだが「小沢氏を辞めさせたそうな」メディアの雰囲気もある。とりあえず「なんでインパクトがなかったか」考えてみた。

「大連立」云々で密室会談をやったにせよ、辞意表明するほどのことかねえ。

現時点で小沢氏に大きな失政があったかといえば、別にそんなことないし。大体、小沢氏って野党じゃん。失政のしようがないじゃん。いちいち、そんなことで辞意表明されてたら米国との密約とか国民に対する背信行為を繰り返す自民党議員なんかどうする?はっきり言って何も説明責任も果たさずにのうのうとのさばってるじゃん。メディアは「小沢氏は辞めるべきだ」みたいな論陣張るより、明かに国民生活に関わるそっちの問題追求するほうがプライオリティ高いんじゃないの、普通の知性を持っていたら。なんか、どーでもいいこと大騒ぎして、わざわざ政局にしようとしているとしか思えん。

仮に国会の審議が進まないとしても、自民党の国会運営の問題であって野党の責任とはいえない。テロ特措法の成立が危ぶまれるとかいう指摘は問題外だ。テロ特措法延長や新法自体が日本にとって正しい選択なのかきちんと議論されるべきだし、前提となる情報を公開してないのだから成立させることは無理な相談だ。だからねじれ国会は異常事態だ。これを解消すべきという雰囲気を作ろうとしているように見えるメディアは本質を摩り替えようとしているとしか思えん

それに「大連立」を連呼するナベツネのような人がいる一方で「連立しようと密談を持ちかけたから小沢氏は政局に走って政治不信を招いた。だから辞めるべきだ」とか言うのって、なんか無茶苦茶じゃない?なんかメディアの方も民主党攻撃に走るあまり、自分で何言っているのかわからなくなっているように見えてしかたがないのだ。

この一件、米国からの圧力説とか中曽根ライン説とか色々あるけど、実体のない恐怖に駆られて利害関係者である政治家やマスコミの皆様は勝手に右往左往しただけ。そのあたりが真実なんじゃないかという気がしたのだ。ゆるやかな圧力や意思はあるかもしれないが。

だから、騒ぎになっている割には、小沢氏も含め皆どーでもいいことに振り回されただけなんじゃないかなあと思ったのだ。

個人的には当たり前のことなのだが、別に今回の一件でなにか状況が変わったとも思えない。今までどおり自Endの姿勢が揺らぐわけではない。こんな中、村野瀬様の「今回の小沢氏と民主党のゴタゴタで個人的には「自エンド」へのファイトがわいてきました。 」発言が一番リアルであった。

なので、民主党には「国会でちゃんと政策論議をしてね、別に大層なことは期待してないから。」と言いたいだけである。どー見ても自民党のやることなすこと話すこと、ごくフツーの知性を持った人間には理解できないことばかりなのである。理解できない政党を支持する理由はないし、そんな連中に自分の将来を托せる訳がないのだ。きちんと納得できる政策論議、方針を見せてくれれば自分のような人間は断固支持する。



世界の戦争を一年間止めたなら
子供のつきあいで日本科学未来館に行ってきたのだが、そこの全天周映像ドームシアターガイアで上演していた「宇宙エレベーター」を観て色々連想してしまった。

宇宙エレベータというのは静止衛星軌道上の中継ポイントから天上と地上に構造体を伸ばし、遠心力と重力で安定するといった建造物っす。理論上は昇りと降りのペイロードを調整することで宇宙に手が届くことができるのだ、それも低コストで。

上映されたアニメーションはベタな子供向け科学解説な内容なんで脚本的には見るべきものはないしキャラクターのアニメーションにもかなり難ありだと思う。しかし、宇宙エレベーターのディティールについてはかなり詳細につっこんでおり、個人的には繋留点にアンカーしてない地上側末端の描写なぞ無意味に燃えてしまったぞい!

19世紀末に旧ソ連のユーリ・アルツターノフが出したアイデアなのだが、これに基づくSF小説が同時期に発表されている。一つは「2001年宇宙の旅」の原作者アーサー・C・クラークによる「楽園の泉」、もう一つはチャールズ・シェフィールドによる「星ぼしに架ける橋」である。どちらも宇宙エレベータの建設を扱ったものであるが、前者は宇宙グライダーの接近といったコンタクトテーマやクラークの愛したスリランカの歴史をサブテーマとして絡めながら格調高く、ありえそうな開発手順で描かれていく。後者は翻訳当時「ルパン3世」みたいと評されたガジェット感覚のある軽めのミステリータッチで展開される。しかし、大きな違いは地表の繋留点に宇宙エレベータを建造するためにアンカーする方法である。シェフィールドのアイデアはクラークが「身の毛もよだつ」と評したようにかなりエグいものっす。常識的に言ってこんな繋留方法は誰も許さんぞ!
ちなみにクラークは流石に技術屋らしく建造アイデアがクライマックスで密接に関わっており、当時やられた・・・と思ったものである。(そんなに大袈裟なシーンではないが)

ここで気がつかれた方もいるかもしれないが、SF小説では地表にアンカーするのが主流(?)なのだ。だから今日アンカーしてない描写を見て思いっきり盛り上がってしまったのだ。う~む、確かに段階的に建造し、まずは対流圏の外でシャトルがランデブーするシステムから・・・という手順を考えたら合理だよなあ。とはいいつつもアンカーせずに対流圏で建造物を維持する技術力はかなり超技術だよなあと思う今日この頃である。

でラストに宇宙エレベータの建造を研究している人たちの言葉が流れるのだが個人的には次の台詞が最も重かった。

「世界の戦争を一年間止めてそのお金を使ったなら、2018年には宇宙エレベータは実現可能だ。」

普通の国会運営もできない与党って・・・
小沢氏、福田氏の公然の密談で「大連立の提案を小沢氏が蹴った」という報道が流れたが、与党の言うことがまた泣かせるね、く~っ。

「ねじれ国会の影響で法案が一本も通らない。正常な国会運営ができない。」

あんたらアホですか?

衆参での勢力関係が違うのは民主国家においてはごくフツ~の健全な姿なのだ。大体においてカーボンコピーな参議院なら不要だとさえ言われていた昨今のことを考えたら、ねじれどころが参議院が参議院として初めて機能するようになったのだと言っていい。
少数意見を含む異なる意見を取りまとめて、法案を審議して意思決定をする行為というのはごく当たり前の民主主義の姿なのだ。少なくとも議席数にモノを言わせて法案を通すやり方は民主主義とは言いましぇん。当たり前の認識の欠片も見られない発言を繰り返す国会議員の馬鹿さ加減には目も眩むのだ。

そんな普通の国会運営もできない与党はそれだけでも税金の無駄であるし、来る衆議院選挙では議席数を減らしてもらわなければなるまい。テロ特措法が成立しないことよりも、そーゆー議員を喰わせていることの方がはるかに国際社会における恥さらしである。

ついでに鳩山法相はいい加減辞すべきだと思うし、罷免できない福田氏ってアベちゃん並にマズいんとちゃうかい?

「とりあえず努力してます」というポーズは邪魔なのだ
枡添氏のほざいていた11月末までの突合プログラムについてだが、小耳に挟んだ情報で判断すると確かに「そーゆー仕様であれば間に合う」ようっすね。(受注上の力関係でも色々あるみたいやけど)

実際にはデータの状態を検証してないだけに、曖昧検索の範囲が妥当なのかさえそもそも評価できない。既に報道もされている入力時に生年月日を丸めていたケースなどは「一日のズレは許容する」といった仕様では漏れるだろうし、そもそも抽出されないデータは突合の対象にもならない。だから突合できても3~40%の未確認データが残るといった見解も厚労省の口から出た数値としては割と納得できる数値ではある。まあ、3月末までに間に合うかどうかはともかくとして・・・。

しかし、本当の問題は突合プログラムの機能不備とか有無といったシステムコーディネイトのレベルの話ではない。そもそものデータの信頼性という点に帰着する。現実には災害なんかで原票が遺失したケースもあるのだから、どんなに手立てを尽くそうと相当数の未確認データは出てくるだろうし、回避できないだろう。だからプログラムやシステムの改善をどうするかは既に本質ではないと考える。突合不可能なデータを今後どう扱うかという議論の方に主眼を置かない限りなんの進展もないだろう。本来給付されるべき人に給付されない現実的な問題に対して、今の枡添氏はどうでもいいことにリソースを費やしているようにしか見えない。

現状としては民主党のいう「申請者に対しては全て給付する」という選択が現実的な判断だと考えている。当然、詐欺行為も出てくるだろうし、人によっては不公平感を感じるかもしれない。しかし、申請の妥当性を検証するためにかけるリソースと実際に給付する予算をバランスシートに載せた場合、果たしてどちらの方が合理なのか検討すべきではないか?自分は議論するまでもないと考えるが・・・。

要は今の与党政権は「とりあえず努力してます」という姿勢を見せるためだけに突合作業やら末端の責任追及に走っているだけなのだ。おまけにバランスシートにかけるデータの提示も拒んでいるようでは正しく政権担当能力があるとはいえないっす。



ちなみに個人的には日本の年金制度はそもそも恒久的な福祉制度として制度設計されたものではないという見解を持っている。要は立ち上げ当初から国や官僚が手を突っ込み易い財源として考えており、そもそもン十年に渡って機能するとは本気で考えてなかったんじゃないかと思う。なぜかというと、制度を維持するための経済的、社会的条件が多すぎるからだ。あまりに危うい楽観的前提に基づく制度設計はそもそも失敗だったのだ。後知恵なら幾らでも文句を言えると言われればそれまでだが・・・。

だから、社会保険型から税方式への移行もオプションとしてはアリだと考えているし、所得格差に応じて給付率を変える制度を設けることで公平性を担保することは可能だ。年金保険料支払い済みの者の不公平感という議論もあるだろうが、そもそも制度が破綻したら給付自体ありえないので所詮心理的なデメリットに過ぎないんじゃないかと考えている。

もちろん、福祉目的税として消費税率への上乗せは問題外であることは言うまでもない。


「テロとの戦い」が21世紀の大発明だったら嫌過ぎる。
なんか、鳩山法相が自身がテロリストだということをカミングアウトしたとか(え、そういう意味ではないの?)、F2戦闘機が事故るは消費税率上げは規定路線みたいに報道されるはとてんやわんやの今日この頃であれこれ思うことがあっても整理しきれない状況っす。

さて、テロ特措法関連で12カ国の駐日大使が国会議員向けの「継続してくれ」説明会を開いたとのこと。なんか気の弱いいじめられっ子の家にまでいじめっ子がよってたかって押しかけて「万引きや窃盗を手伝え!でなきゃ、仲間外れにするぞ」と言っている光景が目に浮かぶぞ。

その一方で「特措法が延長されなくても日米同盟関係は揺らがない」とほざいているところを見ると圧力かけたり、日本の世論向けにソフトな姿勢を見せたりと米国政府は喰えない奴らだと思うことしきりである。

なんだかんだ言って給油新法は米国の油を日本政府が血税でお買い上げして米国テロ軍団にインド洋までお届けしているのだから、全く平和貢献には繋がっていないのだ。大体、国債貢献を謳っている連中って軍隊出している連中ばかりじゃん。おまけにテロ対策と言いつつやっていることは特定の国への軍事活動であり、普通はそーいうのは戦争をやっていると言う。要は適当に標的となる国を探し出して攻撃する。でもって恒久的に戦場を作り出して一部のお方の懐にお金が転がりこむ仕組みだ。その口実として有効に機能する装置が「テロとの戦い」という21世紀の大発明だと断言する。

平和貢献であるなら丸腰で民生支援、復興支援あるいはNGO支援の形なんかで資金援助するとかしてアフガンの民間人が真に期待することをやるだけでいいのだ。戦争やりたい連中の妄言にいちいちつきあう必要はないと思うぞ。(*1)

ついでに言わせてもらえば日本政府は米軍に代わって6年間イラク攻撃の兵站を担ってきたのだから、その分のお駄賃をもらうべきなんじゃないかい?平和国家としての評価も下げたことだし、国民の精神的慰謝料として米国債の売却くらい要求してもバチはあたらん。別に郵政民営化の凍結でもかまわんけど・・・。


(*1)そう考えると前世紀の自民党の「金だけ出して何もしない」と揶揄された平和活動に対する政策も、実は合理だったのだと納得。

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