AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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ヘタレはヘタレのやり方で生きていくしかないのだ。

「抑止のための武装」って実はナイーブな発想だよなと思いつつ、日本が武装する上での戦略的目標みたいなものを考えてみた。

(1)他国に侵攻、侵略できるだけの武装(*1)
(2)敵性国家の侵攻に対し、これを自力で排除するに足るだけの武装
(3)国連軍が発動し介入するまでの間、戦うことが可能な武装
(4)実際の交戦を想定しない、抑止効果が期待されるだけの武装

さて、軍備を必要と考えている方々はどのレベルを想定しているのだろうか?

(1)(2)については日本のエネルギー自給率、食料自給率では、戦略的目標を達成する上で実効性のある武装は不可能である、以上。想定するだけ無駄である。

(3)については想定される期間によるが短期であれば警察予備隊のレベルでも構わない。長期化するようであれば(2)と戦略的な差異は存在しない。やはり実効性のある武装は不可能である。

(4)については交戦を想定しないのであれば、抑止のためだけの軍備にブチ高いお金を使う必要なぞない。むしろ経済的に密接な関係を構築し、流通する情報は可能な限り透明にし国際社会に対して国内の動きを明らかにした方が、日本に侵攻するメリットは激減する。要は抑止力として機能するオプションは軍事力だけではないということだ。おまけに重武装化により経済が縮小するようであれば、外交や経済による抑止効果は著しく低下する。
「い~や、反日国家はそんな論理的な判断で侵攻をしかけるのではない」とあなたは言う。だとすると、そもそも軍備による抑止効果さえも虚妄だということだ。

総合すると実効性が認められる武装は警察予備隊に毛の生えたレベルであり、それ以上は無意味だ。国民の命、財産を守ることが最終的目標である限り軍備をしようとしまいと効果の点では変わりはしない。結局のとこ外交が失敗した時点で日本は「詰み」なのだ。自決のためだけの戦争につきあう必要などない。繰り返すが日本が米帝に唆されて重武装することは実効性のないゴミに湯水のようにお金を注ぎ込むだけの無駄使いでしかない。

幸運なのか不幸なのかはわからない。国際社会の中で武器をとらないヘタレとして生きていかざるを得ない土地にわたし達は生まれたのだ。人殺しをしたがる品性下劣な国を真似する必要なぞどこにもない。この土地ではそもそも軍備などできないのだ。だからこそ、わたし達はわたし達のやり方で生きていくことを考えるべきなのだ。

(*1)この想定は違憲であり平和国家を護持する上では不適切な想定であるため、そもそもとりあげるべきではない。日本単独では前述のとおり実効性のある軍備は不可能である。しかし日米同盟の名のもとに他国に侵攻、侵略することが可能な軍備は存在し、既に行っている事実だけは留意しておく必要がある。話が発散するため敢えて本文ではふれなかったが、現在の日本の軍備は独立国家の機能ではないということをキッチリ認識しておくべきである。
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