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AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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未だにOVA「戦闘妖精雪風」を正視できない理由
未だにOVA「戦闘妖精雪風」を正視できないでいる。

SWビッグバンの翌年、自分はSFマガジンを読むようになった。初めて手にしたSFマガジンのSFコンテストで二人の作家がデビューした。野阿梓と神林長平である。そして何ヵ月後に神林長平の「妖精が舞う」と出会った。

当時はその作品は完結しており戦闘機小説というよりも独自の味わいを持つディック的な作風だという感想を持ったのだ。しかし、「騎士の価値を問うな」を皮切りにシリーズものとしての構成をとり、ジャムという正体不明の存在が実在として姿を見せ始めた全体像は「戦闘妖精雪風」としていったん完結する。

自分の中では戦闘妖精雪風の世界は二つ存在している。
一つは異星知性体ジャムとの戦闘自体が存在しているのかも不安になる奇妙な世界を持つ「妖精が舞う」という作品。もう一つはジャムとのファーストコンタクトと人類が兵器として使用している機械知性とのコミュニケーションが多層的にテーマ化されたシリーズ作品。自分にとっては「妖精が舞う」「妖精が舞う空」は明かに別作品なのである。

「戦闘妖精雪風」が完結した時点で執筆されていたらは絶対に許せなかったであろう「グッドラック」。社会人になって望みもしない人間とのコミュニケーションをいやおうなく経験することで「関係性の再構成」、他者とのコミュニケーションの物語として素直に認めることができるようになっていた。おまけに「グッドラック」のクライマックスは絶望的な状況ではあるがハッピーエンドという自分の大好きなパターンだったりするのだ。(*1)

要は自分がSF者であることを意識した頃から付き合っている作品なのでかなりこだわりがあるシリーズだ。作者にとっては迷惑かもしれないが自分の読んだ順番、読んだ場所、記憶も含めて脳内でパラレルな作品世界が出来上がってしまっているのだ。

とはいうもの他人の視覚化の解釈にはかなり寛容っつーか結構平気だったりする。横山宏のロシアっぽい雪風でも他のイラストレーターのぜってえ飛びそうもねえぞ・・・なんつーヘンチクリンな雪風でも全然OKだったりする。

しかし、GONZO版「雪風」だけは???なのである。

ヘンに構成を捻って工夫しているようなのだが、ことごとく勘違いしているようにしか思えない。誰かさんが自分の作家性で解釈した雪風を見たかった訳じゃないのだ。シリーズ構成を全然いじらずに脚本を起こしてくれればよかったのだ。OVAで「戦闘妖精雪風」を一話完結のシリーズで、劇場版で「グッドラック」なんて構成をしてくれるだけでもよかったのだ。多田由美のような作家性がプンスカするキャラデザインなど邪魔なのだ。極端な言い方をすれば特徴のない無名の人がやったキャラ、メカデザインで構わなかったのだ。

そもそも神林長平の作品の映像化には作家性なんて必要ないと思うのだ。単に小説というOSから映像というOSにポーティングするだけでよかったのだ。技術系の手つきで機械的に映像化してほしかったのだ。だから、その感覚のズレがもどかしい。

GONZO版「雪風」は4巻まで見たのだが、5巻が怖くて見れないでいる。完結を正視できない。唯一評価できるのが雪風(メイブ)の異様ではあるが納得できるデザインという点だけである。だけどなア・・・。

(*1)「ガメラ3」,横田順弥「小惑星遊侠伝」のラストもこれだよなあ・・・。


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メインキャラクターのマグネットが多く、(13枚中、10枚)購入する親としては満足感があります。1歳半の子供に買い与えたので、遊び方としてはまだまだ拙いですが、一緒に貼って遊ぼうと誘ってくれるくらい気に入っているようです。貼りつく力があまり強くないので、持ち歩
2007/09/26(水) 06:47:39) | ゆきの記録
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