AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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内田善美とセピアカラーのノスタルジア
ここに早川FT文庫版のジャック・フィニイの「ゲイルズバーグの春を愛す」という本がある。古式ゆかしきゲイルズバーグを舞台にセピアカラーのノスタルジアに憑かれていく人々を描いた甘く切ない短編集だ。そんな本の表紙を飾っている端正なイラストを描いたのが内田善美である。

「りぼん」でデビューして以来、マニエリスティックな様式性と緻密な画風を作品を追う毎に深めていった作家だ。また、その作風は単に緻密な画風だけではなく、練り上げられたストーリーとネームと相俟って圧倒的な印象を残すのだ。

内田善美が「りぼん」をメインに作品を発表していた当時、一条ゆかりが内田善美を「セピアカラーのノスタルジア」と評していたことがあったが、まさにそのものである。作品を追う毎に緻密さを増し少女漫画表現としてはひとつの頂点ともいうべき作品を発表する。

「草迷宮・草空間」と「星の時計のLiddell」である。

前者は生きている市松人形”ねこ”を拾ってしまった大学生、草クンの日常を描く話。

普段見慣れた世界をねこの視線が再構築していく不思議さがなんともいえない。考えてみると「綿の国星」の第一話と通底するテーマなのだが、チビ猫の少女の姿があらかじめ与えられた装置として機能し、いつか猫の姿になってしまう不安感、刹那感が奪われたシリーズ作品としての「綿の国星」と比較すると「草空間」のクライマックスでの奇蹟の予感は圧倒的なのだ。

クライマックスの後、世界が変わる訳ではない。しかし、予感を抱きながら歩み続ける草クンの日常があまりに愛しい。

後者は内田版「愛の手紙」ともいうべき内田善美の描き続けてきたゲイルズバーグ・ストーリーの決定版である。

眠りの中で時空を飛び越えてしまうヒューと亡命漂泊者の友人ウラジミールの不思議なロードストーリー。ヒューは夜な夜ないつも同じヴィクトリアンハウスの夢を見る。そこで出会ったE.A.ポーを詠唱する少女を探す旅に出るのだが、その涯に見つけた幸福な時間。

現実逃避型幻想物語の究極の姿だと批判することは容易い。しかし、浪漫チックな雰囲気と現実崩壊の恐怖を体験しながら、故郷を見つけていく現実主義者のウラジミールが語り部として物語を進行していくので意外と抵抗なくラストを受け入れることができる。

この物語は故郷喪失者の自分探しの旅であり現代に生きる我々の普遍の物語なんじゃないかと思っている。

ちなみに作者のその後の消息は不明である。
熱狂的な読者としてはスターリング・ノースになったのだと思いたいところである。

趣味性の強い「白雪姫幻想」「ソムニウム」「聖パンプキンの呪文」などのムックも出ているが、漫画作品も含めた中でもイチ推しは「ソムニウム」である。

内田善美の物語感覚と絵を思いっきり堪能できる。
マックス・エルンストのコラージュ作品を人力でやったような感もあるが、意外なイメージをぶつけることでシュールレアリスティックなイメージを構築するのではなくオリジナルなイメージで不思議な世界を構築している。明確な形象を与えることで読者に想像の余地が少ないという意味で極めて通俗的ではあるが、繊細でノスタルジック、でもヘンな雰囲気を的確に醸し出していてうれしい。

と書きつらねてみたが、どれも入手困難。とんでもない値段がつけられていることもあるが、是非見つけて読んでみてください。

(*1)あと早川FT文庫からピエール・グリバリの「ピポ王子」のイラストも手がけております。これも大好きっす。文庫ではなくムックサイズの版型で再発してくれないだろうか?
新書館のアーサー・ラッカムなどの絵本並みの破壊力があると思うのだが・・・。


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以前の記事で、山田ミネコと樹村みのりが「あの人は今?」状態であったことに触れたが、もう一人懐かしい名前を見かけた。 実は全く関係ない政治ネタのリンクによってこち
2008/03/08(土) 12:58:11) | ひねくれ者と呼んでくれ
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