AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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前言撤回はみっともないか?生き延びることは無様か?
1991年、マニック・ストリート・プリーチャーズがシーンに登場した時、前代未聞の爆弾発言「フルアルバムを一作だけ作って終わりにする。世界中でナンバーワンにして解散する」をぶち上げた。
刹那的に生き急ぐロックマナーを期待するロックファンには、あまりにかっちいい発言であった。そして、インタビューでぶちまけられる台詞はイチイチ過激で急進的、そして文学的でキマっていた。正直、言っていることのかっこよさに実際に音を聴くまで妄想はGリミッタを解除してアフターバーナー全開。いきなり高度1万フィート、惑星フェアリイの風が目に沁みるぜ・・・てなもんだった。

が・・・実際に「享楽都市の孤独(MORTERCYCLE EMPTINESS)」を聴いた時、ガビ~ン!だった。それしかいいようがなかった。もちろん、最悪の意味だ。彼らの発言から期待していたのは過激でノイジーで、その辺の知性の欠落した馬鹿者どもを音そのもので瞬殺してくれるような樂曲だったのだ。しかし、実際に耳にとびこんできたのは普通によくできた、グラムやらパンクやらを消化してハードロックのフォーマットにも目配を効かせた音だったのだ。革新的で今まで聴いたことのない音で腐れきった世界をズタズタに切り裂くような衝撃は、当然皆無だった。

その瞬間、自分にとってマニックスはビッグマウスなだけで、どーでもいいバンドの一つに分類された。結局、リリースされたフルアルバム「ジェネレーション・テロリスト」はNMEで10点満点。プレスは絶賛したがチャート上はまるっきりふるわず。おまけに解散もせずずるずるの状態になってしまったことも、それもありだろうなと受け止めていた。日本のファンに対してのみ出された解散撤回宣言も、言っていることはかっこいいけどどうでもよかったし、3rdアルバムを出した頃にバンドのスポークスマンであったリッチー・ジェイムスが精神を病んで失踪したことも痛々しいけどありがちな結果だよなと冷ややかに見ていたのだ。

1998年、バウハウス再結成公演で勝手に盛り上がっていた頃、名古屋に出張。ホテルのケーブルテレビでかかっていたプラシーボの「Pure Morning」とスマパンの「Pug」がゴステイスト全開でいいぞいいぞと思っているところにマニックスの「If you tolerate this your children will be next」がかかったのだ。

正直、吃驚した。派手さはないけれど素直に自分の中に入ってくる樂曲だったのだ。聴き手に対して誠実で音楽的に整合感があり、これなら信頼できる・・・と直感したのだ。その後、「If you tolerate this your children will be next」を収録した5thアルバム「This is my truth tell me yours」を聴いたのだが、高水準のバラードを選りすぐったようなアルバムで傑作としかいいようがなかった。前作「Everything must go」で英国一愛され新作が期待されるバンドになっているという事実は、情報としては知っていたけれどピンとこなかった。しかし、このアルバムを聴いた時に初めて納得できたのだ。
遡って「ジェネレーション・テロリスト」をちゃんと聴きなおしてみたのだが、デビュー以降マニックスは表現のコアはこれっぽちも揺らいでいないのだ。’91年当時、彼らの発言ばかりが先行して、音楽そのものをキチンと聴くことができないほど色眼鏡で聴いていたのだろう。

マニックスは本質的に誠実なバンドなのだと思うのだ。「今まで何も変えることのできなかったロック」を破壊するという幼児じみた初期衝動を誠実に敷衍しようとすれば、世界を拒絶するかのような「解散」という表現しかなかっただろう。そう発言するしかなかっただろう。しかし、そんなガキじみた自爆玉砕は失敗したのだ。その後のマニックスはみっともない過去を正視しながら、自分たちを信頼したファンに落とし前をつけるために生き続けたのだと思う。いや、正視したからこそ生きながらえることに成功したのだろう。ロック・マナーを一度でも信奉した向きは、きっと「自分が30才まで生きることはないだろう」と思ったことがあるに違いない。刹那的な生き方もかっこいいかもしれない。しかし、そんな都合のいい幕引きは全ての人間には用意されちゃいない。ほとんどの人間は自分のシリを自分で拭き続け年をとりながら生きていく他ないのだ。

そういった意味でマニックスは所謂ロックスターからはあまりに遠い地平に位置するかもしれない。だからこそ、一日一日を生きながらえていくしかない自分にとって信頼できるバンドなのである。
もはや自分は前言撤回をしたマニックスをみっともないとは思わないし、生き延びる彼らの姿を無様だと思わない。


P.S.
「Everything must go」はアサヒ スーパードライのCMでガンガン流されていたので聞き覚えがあるだろう。


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2007/09/29(土) 13:19:48) | デザインーセンス
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