AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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道具に思想も自由意志も認めちゃいない
最近のISAFの活動なら自衛隊派遣もOKという民主党小沢氏の発言に色々批判も出てる。ふと自分の考えを整理してみる。

まず、自民党のいうテロ特措法の延長、給油新法については問題外であることは論を待たない。給油実績がピーク時の10%以下となっている現在、既に国際社会に給油が必要とされる時期は既に完了しているだろう。しかも臨検としての実績はほとんどなし。イラク攻撃転用疑惑もあるが、インド洋上で作戦展開されるどの船舶が日本の提供した燃料を使用したかなんてどうでもいい。そもそも日本が特定国、米国のインド洋上の兵站活動に協力していたことが問題なのだ。おまけに米国のシュブロンと日本の商社に日本国民の税金が確実に落ちるスキームができているとしたら、国際貢献なんてお題目は欺瞞だ。要は特定の人たちのポケットに円が転がり込むためだけの法案でしかない。

ISAFの活動への参加であれば国際貢献という点ではまだましだ。もちろん国連主導の元でさえ自衛隊の派兵は憲法違反だという論点もある。当たり前だ。しかし、サマワへの自衛隊派遣、空自による輸送活動支援自体、既に違憲である。このことに対して派兵を行った自民党の判断が総括されないのはおかしい。また、小沢氏発言をよくよく見ると別に治安維持活動だけではなく復興支援活動としての国債貢献の可能性は否定されていない。

ここでフォーカスされるのは危険な地域に復興支援活動に行くのは、自衛隊を危険に晒すことにならないか?当然、現地で戦闘に巻き込まれた場合の集団的自衛権を認めるのか?憲法九条とどう折り合うか?という点である。小沢氏は国連活動としてなら、憲法より国連の判断が優先するという理論らしい。悪いが、この点では小沢氏を支持しない。

まず、復興支援であれば危険な地域に行くのは当たり前だろう。現地の民間人はその危険な状態の中で生きることを余儀なくされているのだ。なぜ、そこで危険だから日本人を派遣するのがいけないという議論になるのだ?国債貢献の名の下に優先されるのは日本の都合ではなく現地の復興ではないのか?
そして現地で集団的自衛権を認めるのか、憲法とどう折り合うのかという議論については、なぜ丸腰でいけないのか?と問いたい。派遣された自衛隊員が死んでもいいのかと聞かれたら、きっぱり言いたい。「死ね」と。

大体、武器を持ち込んで自国に入ってくる軍隊を信用する人間がいるか?リスクを高めて戦闘状態が起こりやすくなるだけではないのか?しかも交戦状態になった時、自衛隊員は生き残るかもしれない。しかし現地の民間人に被害の及ぶ危険性は飛躍的に増大するはずだ。なんのために復興支援に行くのか?現地の民間人のためではないのか?それが民間人の被害者を出してどうする?大儀のために死ぬ覚悟があるのなら最初から問題あるまい。武器を持っていようといまいと死ぬ時は死ぬのだ。

比較的安全なところで「戦場で命かけてます」なんてナルシズムに酔ってる馬鹿参議院議員なんて、国際貢献の上では邪魔なだけである。政治家も軍人も所詮国民の道具に過ぎない。思想も自由意志も必要ないのだ。いやそんなもの認める必要さえない。国民が間違っていようといまいと言うことに道具は従わなければいけないのだ。だから、国民が「死ね」と言ったら死ね。そんな覚悟もないのなら「命かけてます」なんて台詞はお笑いでしかない。

ISAFの復興支援活動として一切武器を持たずに派遣する。これ以外の方法は国際貢献とは名ばかりのものだと断定する。

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コメント
この記事へのコメント
兵隊さんは、理不尽な死に方をするのも仕事のうち
 「ひげ」の人の関東軍な発言が出たとき、「状況をさらに悪化させないためには、あえて部下を見殺しにするのも高級指揮官の仕事とわかっていってるくせに」と嫌な気持ちになりました。よく考えたら、偉い人の都合のために、防衛省こぞっての宿願としてあえて部下をさらに殺すハラだったわけで、ぞっとします。
 それにしても、小沢は変な人です。いつも?良い所までくるとエキセントリックなことを言って、「選別と排除」を始めて自らチャンスを潰してしまう。原理主義的なこの男が、田中に可愛がられたという話が信じられない。
 
2007/10/14(日) 16:22:40 | URL | L #-[ 編集]
「死ね」とは
 イラクに派遣された陸上自衛隊員の派遣前に言った事。
「俺達は日本や日本に住む人達を防衛する為に自衛隊に入った。他の国の人々を守る為じゃない。・・・本当は行きたくない。他の隊員も同じです。」
「国からの命令ならば、・・・行きます」
地方テレビ局のインタビュアーに、死ぬ可能性もありますよねと尋ねられ、
「覚悟してます。子供の事は妻に任せてます」
テレビには本音を言うなと通達があり、話した彼は私服で顔にはモザイクが入っていた。

 私は自衛隊の紛争地帯への海外武装派遣には反対です。彼らを故郷ではなく見知らぬ土地で死ぬような目には遭って欲しく有りません。

 彼らを貴方は「国民の道具」「黙って死ね」と仰る。

 彼らは泣いたり笑ったりする普通の人間であり、貴方は行けと命令されれば従うしかない彼らの身になって考えた事は有りますか。

 それに政治家は選挙で選ばれた国民の代表であり、国民の代弁者である事を知っていますか。国政の失態は国民全体で払うのが民主主義であり、他人事のように書いていても、貴方が日本国籍であれば当事者です。自衛隊員が殉職した場合、彼らを戦地に送った責任や死なせた責任は政治家ではなく、そんな政治家を選んだ国民に責任はあります。

選挙は欠かさず、行きましょう。日本が戦争するしないは国民の多数決です。


2007/10/14(日) 17:24:28 | URL | てん #OARS9n6I[ 編集]
てん様へ
てん様のような反応があることをあらかじめ理解した上で「死ね」という表現をあえて使ったのは次の理由です。

第一点。残念ながら軍隊と国民の物理的な力関係は対称ではありません。国家の暴力装置として機能する軍隊に対し国民と同じ権利を認めるのは間違っています。「命令されれば行かなければならない」と言うことは「命令されれば国民に武器を向けなければいけない」と言うのと等価であることにお気づきでしょうか?自衛隊につとめている人間味のある友人がいます。そいつが万が一、派兵されて殉職することになれば当然自分も泣くでしょう。しかし、その人間関係が「国民が国家に命令する」という基本的な認識に影響することはありません。影響してはいけないのです。

第二点。本来、「大儀のために死ね」という自己犠牲を要求する論理は保守系タカ派の側にこそ親和性の高いものと認識しています。なぜ、「復興支援活動のため丸腰で死ね」というタカ派の論客がいないのでしょうか?実はそのあたりの意見を伺いたかったという気持ちがありました。

エントリは必要最小限に記述したつもりでしたが、念のため。

国家は道具に過ぎません。国家に自由意思など認めません。全ての責任は国民が負います。しかし、国民を騙して政を行う愚鈍な政治家の失政が国民の自己責任であるという意味ではありません。判断に必要な情報を公開しようとしない与党政権は道具としてさえ失格です。国家にはどんなに愚かで蒙昧であれ国民を批判する権利はありません。国家は国民の意思を忠実に反映する機能しか許されていないのです。意思を反映する手段の一つが選挙であることは当然です。そして、兵士の犠牲を含めその愚かさの代償を引き受ける覚悟を国民の側も要求されるのは言うまでもないことです。


2007/10/15(月) 02:24:06 | URL | AmlethMachina #-[ 編集]
そういえば
 タカ派じゃないけど、元自衛官の浅田次郎氏が、「撃たれても撃ち返すな。橋や学校をこしらえていて、もしゲリラが攻撃してきたら、銃を取らずにハンマーを握ったまま死んでくれ。~それは、五十何年間も戦をせず、一人の戦死者も出さず、一つの戦果さえ挙げなかったという、輝かしい不戦の軍隊の誇りだ。~俺は昔の戦で死んだ大勢の先輩たちと、本当の日本国になりかわってお前に命ずる。」と書いていますね(もう一人の私から、イラクへと向かう部下へ 「それでも私は戦争に反対します」 平凡社)。この本で、養老孟司が、面白いことを書いてます。関東軍の暴走について、「現場というのはそういうものなので、責任は暴走を止め得なかった東京の政府にある」が、誰も責任を問われなかったと指摘。「ひげ」は世界のどこに出しても恥ずかしくない人物だが、現場での行き過ぎがあれば、BC級戦犯のように、前線で苦労した人物が直接の責任を取らされる。今になると、あれこれニヤニヤと考えさせられます。まあ、当初はともかく、結果から見れば実際の指揮は、殺す気も殺される気も無かったのは確かで、どうたら有識者会議に援護射撃のつもりで、自爆?発言したのでしょうけど。
2007/10/15(月) 21:06:42 | URL | L #-[ 編集]
レス遅れました。
L様、コメントありがとうございます。

浅田氏の発言は雑誌かなにかで孫引きされていたのを見ておりました。その時は出典を確認しなかったので追跡確認しておりませんでした。情報ありがとうございます。

小沢氏については、その発言に確信犯的なものが見え隠れするので、護憲派としてはどうしても警戒心が働いてしまいます。ただ自分は自民党政権自体が既に政府としての機能を果たしていない。それどころか独立した民主国家としての体裁すらかなぐり捨てようとしていると見ています。だから、現時点では経過措置として民主党を消極的指示。そして現在の野党が均衡する状況に推移していくのがよいのではないかと考えています。もし民主党が隠れ自民の議員をパージすることに成功すれば、このプロセスは少なくて済むのではないでしょうか?

なおL様には蛇足になると思いますが、このエントリでは意図的に国際貢献など不要だというオプションもあることを書きませんでした。自分はそれはアリだと考えます。しかし、ここでは国際貢献とかいった大儀に対して我々国民が本当にどこまで覚悟ができるのかを問題にしたかったので、本エントリの構成にしました。

これからもよろしくお願いします。


2007/10/17(水) 00:13:46 | URL | AmlethMachina #-[ 編集]
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2007/10/17(水) 21:44:32 | | #[ 編集]
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2007/10/18(木) 07:33:22) | きまぐれな日々
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