AmlethMachina's Headoverheels
ゴシック・ノワールを標榜するAmlethMachinaによる音楽を中心にした備忘録。
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ただ今「The Mission強化週間」中

またも札幌出張しておってネットにアクセスできない日々が続き、更新どころネット巡回もままならない状況であった。いやあ、それにしても東京都内在住者にいきなりの氷点下はキツイっす。おまけに帰りに札幌駅まで歩く道々、雪まで降ってきた日には途中で挫折するかと思ったぞい。

さて、先日初めて知ったのだが、あのThe Missionが解散するそうである。
っつーことで出張中、「Curved in Sand」をずっと聴いておった訳だ。この同時代性の希薄さもどうかとは思うが、とりあえず今週はThe Mission強化週間である。

The Missionといえば元The Sisters of Mercyのウェイン・ハッセイの立ち上げたゴシックを代表するバンドの一つである。The Sisters of Mercyがドラム・マシンをメンバーにしており内に篭もった印象があるのに対し、The Missionはクラシカルで浪漫主義的なメロディが強みである。所謂ゴシックバンド特有の仄暗い印象であるにも関わらず、音楽的にはアコースティックかつハードロック的な整合感すらあるのだ。また、ウェイン・ハッセイ人脈はジュリアン・リーガン(*1)率いるAll About EveやRosetta Stoneなんかに連なっており、浪漫主義ゴスの系譜だと言っていいんじゃないかい。

正直言うと昔はあんまりThe Missionは好きじゃなかった。というのも、あまりに構築的なサウンドがノイズインダストリアル方向に突っ走っていた当時の自分にあまりに「普通じゃん!」と感じられたからだ。今では好きなバンドの一つである。

(*1)ジュリアン・リーガンと言えば1stアルバム以前のGeneLovesGezebel「Shave my neck」にも参加しておった。
白ばらは死なず

といっても映画の話ではない。もちろん反ナチの白ばら運動のことでもない。

2年ほど前からチェックしているバンドWhiteRoseMovementのことである。本来ブログを立ち上げた時点で触れておくべきであったがなぜか遅くなってしまった。ロッキングオン誌で「ベラルゴシは死なず」(*1)なんて見出しで「純粋培養された欧州暗黒系バンド」と紹介された日にはゴスを標榜する者としては捨てておく訳にはいくまい。

という訳でWRMのアルバム”Kick”である。

実際には人力のようだが打ち込みっぽいリズム体。80年代ノリのキーボードをフィーチャーしたインストウルメンタルにロバート・スミスを思わせるひっくり返ったヴォーカルが乗っかるという、なんつーか80年代ゴスを通過してきた者には既視感ありまくりのサウンドでそのダンサブルな感覚と相俟って無茶苦茶うれしいぞ。しかも、そんなに暗黒暗黒してなくて適度な軽さがいい方向に作用していると思う。いい意味でキュアーのポップ路線の系譜じゃないかとも感じる。

シングルカットされた"Alsatian"のプロモを見る限り、あんまりゴスっつーかポジパンぽくなくて、どちらかとゆーと「NWリバイバルかい?」と思わせるようなスキだらけのルックス。現時点ではイチオシとまでは言えないが、ルックスも含め今後どう展開するかちょっと楽しみなバンドである。

(*1)当然、bauhausの名シングル”BelaLugosi'sDead”である。

今さらだけどHead Like A Hole

近所のレコファンでナイン・インチ・ネイルズの「ヘッド ライク ホール」リミックス版を見つけたので購入。

NINの1st「プリティ ヘイト マシーン」収録曲である。自分は91年当時NINがブレイクしたミニアルバム「ブロークン」から入ったクチなので、友人から「1stはスカスカで駄目っす」と言われていたこともあって聴いていなかったのだ。

「ブロークン」はスラッシュメタルをインダストリアルの文脈で解体・再構成した傑作であり、メタルのカリカチュアとしても有効な即効性の破壊力を持った高機能なアルバムだったのだ。ちなみにこの「ブロークン」を過激なリミクサーたちが完膚なきまでにイヂリ倒したリミックスアルバム「フィックスト」はポップミュージックとして流通可能なギリギリの音世界を炸裂させており、精神的に会社に出社するのがキツかった時期はディスクマンを大音量で鳴らせながら自宅を這いずり出たものである。

さて、この「ヘッド ライク ホール」リミックス版であるが、「ブロークン」以降のアルバムに比べると確かにスカスカなのだが逆にシスターズ・オブ・マーシーなんかの打ち込みゴシック系との類似性が顕著になっているのだ。NINのトレント・レズナーのラブコールでバウハウスがNINの前座でツアーを行ったという情報も入っているのだが、なんとなくピンとこなかったのだ。しかし、これ聴くと、よ~っくわかる。今まで以上にトレント・レズナーに親近感を抱いてしまうぞ。

これなら「プリティ ヘイト マシーン」も要チェックであるな、今さらだけど・・・。

ビーナスの運命
HIMの最新作「ビーナス・ドゥーム」を聴く。

以前、ベスト版「アンド・ラブ・セイド・ノー」を聴いた。ゴシック感覚がほのかに漂う浪漫チックなメロディラインとヘビーなリフ。そしてダニエル・アッシュやロバート・スミスみたいなディレイバリバリ、エフェクティブなサウンドテクスチャを間奏部に織り込んだ楽曲は決して悪くはなかった。なによりボーカリストのヴィレ・ヴァロのルックスがいい。しかし、自分にとってHIMはヘビーメタルやフォーク、ゴシックの折衷主義的な産物だった。だから、ヘビーローテーション状態になることはなく、気にはなるけどビミョーなバンドとしてしばらくほっとかれることになったのだ。

さて、新作はマイ・ブラッディ・バレンタインの「ラブレス」(*1)、メタリカの「メタル・マスター」を合わせたようなアルバムになる。そういう話が流れた時、実は頭の中は???だった。大体、どちらも轟音とは言え前者はコクトーズ直系の天上的な音、後者はスラッシュメタルのマッシブで身体的な音。一体、どんな音になるんだ?と悩んでしまった。

ベスト盤聴いてイマイチだと思ったくせに近所のレコファンで発見した時、早速購入。で、実際に聴いてみたら、事前の噂のとおりハードになっておる。おまけに緩急自在の楽曲の練り込み具合もいい。でも「マイブラはどこに行ったの?」・・・というのが第一印象である。もしかしたらSE的に挿入されたサウンドコラージュ的な部分がヴァロのマイブラ解釈なのかもしれんが。

自称「ラブ・メタル」なHIMは、そのサウンドをゴシック・ハードロックとか紹介されていたのだが、正直ピンとこなかった。ゴシック感覚至上主義的に言えばゴシック・メタル・バンドのエレンドあたりのクラシック、声楽的な楽曲への志向や、パラダイス・ロストの有無を言わさぬデス声の方が生理的にわかり易かったのだ。なによりベスト盤聴いた時点では自分の方で勝手に想像していた音との落差を自分の中で消化できなかったのだ。
上手い言い方が見つからないのだが、あちらこちらのHIM紹介記事に冠されるゴシックというキーワードから勝手に天上的、審美主義、象徴主義的なイメージを期待していた自分が悪いのだ。HIMってどちらかと言えば浪漫主義的なダイナミズムとドラマトウルギーを内在したバンドなのだ。そう認識した上で、このアルバムを聴くと隅々にまで目が行き届いた音作りといい、がっちり構築された楽曲といい文句なしの傑作といっていいかもしれん。


(*1)轟音フィードバックノイズに、粘る液体のようなとろりとした甘美なメロディが官能的な傑作アルバム。ちなみにマイブラはコクトーツインズが開発した「リヴァーブ深めのノイズギターに天使的な女性ボーカルをのっける」というコンセプトをアヴァンギャルドな方向にブーストして独自のサウンドを完成したバンドといっていいと思う。ちなみにマイブラ以降、コクトーズ、マイブラ的な音を量産可能な音としてクリエーションレーベルが完成させシューゲイザー、テムズバレー一派が雨後の筍のように大量発生したのは’90年代初頭のことである。
ちょっと、マイブームなライバッハ
最近、ライバッハの劇音楽「マクベス」がマイブームである。

ライバッハは80年代ユーゴスラヴィアを出自とするインダストリアルバンドで割と政治的な主張の強い出身のバンドのようである。話だけ聞いとると天皇問題が理由で来日を取りやめたとかビートルズの極悪カヴァー「レット・イット・ビー」をリリースしたりとか。要はかなり過激なイメージがつきまとい、憧憬をもって接すべきバンドだったのだ。

その過激なイメージを勝手に妄想膨らませて、実際に本作「マクベス」を入手したのだ。当時は思った以上にその表現が整理された印象を受けため、音楽的には信用できるけど今切迫感をもってして聴きたい音楽ではないとゆー栄誉ある脳内殿堂に放り込まれたままになっていたのだ。あとインスツルメンタル・アルバムだったのも一因だったかも知れないが。

しかし、聴き直している今日この頃。ナチスドイツを思わせる威圧的に構築された音世界が最近やたらと気持ちいい。考えてみたらマクベスの世界って「神々の黄昏」っぽい雰囲気で「第三帝国の興亡」を連想させるよなあ。とか「ドレスデン爆撃」なんて言葉がつい口をついて出てしまうSEとか個人的なツボつきまくりでいい。そういえばパゾリーニの「ソドムの市」もナチズムを背景に「セックスにおける政治力学」みたいなものがサブテーマにあったよな・・・とか。
この不穏な空気は個人的な共感を覚えるようなものでは決してない。しかし、個人の内面と無慈悲な世界が対峙する緊張感のあるこの音世界は自分自身の在りようを問いかけられているようで自分には逃げることができないのだ。

癖になるのではない。目を逸らすことができない・・・という恐怖が正直な感想なのかもしれない。

なんか、しばらくライバッハの予感。

リンボーマニアックスを聴いてる一方でこんなん聴いてます。きっと、これで社会人としてバランスをとることができるのかもしれん。なんか、どっち聴いていても駄目な大人のような気はするが・・・。
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